今日は、中学最終学年である3年になってからを振り返ります。
4月・・・。進級して、皆の頭に引退という2文字がちらつき始める。
皆が一丸となって迎えた春の大会。
初戦は、コールド勝ち。(2回戦からの登場)
3回戦は、劇的な最終回逆転3ランホームランで勝利。
そして、準々決勝を控えたある日の放課後練習・・・。
朝練&放課後練習のランニングをまともにやらない奴にぶちキレた。
そいつは、3回戦で逆転3ランやチームに欠かせないレギュラー。
俺は、怒鳴った。「頭冷やす為にグラウンド10周走って来い」
しかし、そいつは、走らずにケンカを売って来た。
その時、そいつに募っていた様々な感情がついに爆発し
顔面を殴った。1発、2発・・・いや、もっと殴っただろう。
そして、顧問と俺とそいつでケンカを説明し
その後、顧問と二人きりで話をした。
俺は、部長になってから、ずっと思っていた感情全てをぶつけた。
少しスッキリしたような・・・しないような・・・。
そして、準々決勝当日。
2年の冬から、力をつけて来た俺らは、自信に満ち溢れていた。
が、ここに来て、俺の肘は悲鳴を上げていた。
3回戦でも、中盤、肘が痛くなり、制球が乱れることがあった。
しかし、俺が投げなくては!!というヒーローぶった変な責任感で
俺は投げ続けた。肘が痛い。試合の序盤・・・我慢の投球が続いた。
満塁のピンチを2回切り抜けた俺だったが
試合中盤に肘の痛みが襲った。「もうダメだ」
肘の痛みと野手陣のありえないエラーで
ベンチに戻るとき、俺は思わずグラブを叩き付けた。
俺は、こんなに必死なのに・・・。結局、試合は、0-5で完敗だった。
試合後、俺は泣いた。悔しくてしょうがなかった。
この悔しさをバネに夏の大会まで、集中して練習に励んだ。
そして、夏の大会・・・。初戦は、内野安打1本の完封勝利を収める。
2回戦・・・。試合開始と同時に、異変が起きる。
「ストライクが入らない」ここに来て、制球難が襲った。
自分では何が悪いのか、まったく原因が分からなかった。
回が進み、直球を見せ球にし変化球で打ち取る配球に切り替えて
なんとか失点を防いだ。しかし、俺らのチームも点を取れない。
ヒットこそ出るものの、点に結びつかない。
2アウトからの連打が多く、スクイズなどの手のうち用がなかった。
結局、2-4で、負けた。流す涙さえなかった。
俺は、12四死球という凄まじい数字を残す。
悔やまれるのが、被安打は2ということだ。
制球さえ乱れなければ、勝てた試合だった。
本当に皆に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そして、引退がかかる最後の大会。
万全の状態で、試合に臨んだ。引退をかけた試合だから・・・。
制球も悪くなく、球もそれなりにキレていた。
回は進み、4回だっただろうか・・・。
2死2塁で、俺に打席が回ってきた。3球目??をフルスイングした。
三遊間を抜け、センターとレフトの間も抜けるぐらいの会心の一撃。
が、2塁ランナーが本塁で刺され、流れは相手に行ってしまった。
その回の裏、相手の4番にライトオーバーを打たれ失点。
しかし、落ち込んでいては、引退することになってしまう。
そんな思いから、気持ちは切らさずに、反撃を信じて投げた。
次の回、連打などでつながり、ノーアウト満塁のチャンス。
打者には、初球スクイズのサインが送られた。
スクイズのにおいがプン②していた中でのスクイズは
見事に相手バッテリーに読まれ、3塁ランナーが刺された。
結局、後続も倒れ、無得点。ここで、俺は負けを確信した。
点を取ることに執着心がない打者のスイング。明らかな采配ミス。
勝てるはずがないと思った。
しかし、少しでも野球を長くやるために投げ続けた。
土砂降りというコンディションの悪い中だったが必死に投げた。
が、エラーで2失点目を喫し、試合は終わった。
0-2だった。点差以上に、悔しいものがあった。
「今日で終わりか」その一言だけが頭を駆け巡った。
涙はなかった。やれることはやった。
そう自分に言い聞かせて、試合会場を去った。
追記:
この3日間、自己満足な記事&どうでもいい記事を書いて
すみません^^;
でも、こうした機会で、3年間を振り返ることができて良かった。
明日からは、通常、更新に戻ります。
ちなみに、推薦入試まで、17日ッす。
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